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スーパーテクニシャン
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リムーバブルワーク -REMOVABLE WORK-
REMOVABLE WORK 釜埜充裕
歯科技工士を目指したきっかけ
小学校の頃、絵本や教科書よりも生物図鑑や昆虫図鑑を眺めていることが多く、その図鑑に載っている動物や昆虫、魚の絵を描くのが好きでした。図画工作の授業で描いたクワガタムシに乗って旅をする絵で賞をいただき、子どもながらに絵を描いたら先生や親に褒められると思い、図画工作や美術の授業では、がんばっていろいろな作品を展覧会や絵画コンクールに出展し、賞をいただくことが多かったです。
香川県立高松工芸高等学校に進学し、入学当初は将来イラストレーターやキャラクターデザイナーになりたいと思っていましたが、芸術に特化した学校ということで、周りはセンスや技術を持ち合わした人たちばかりで早速自信を喪失しました。そんなときに、当時、当社の社長であり創業者である和田弘毅の校内講演会があり、初めて歯科技工士という職業を知りました。それがきっかけとなりました。

入社当時の思い出
CPセンター綾上ができて2年目に入社し、金属床の研磨部門の所属となりました。私は学生時代の不得意を払拭したく、自ら手を挙げワイヤー屈曲を担当させてもらい、当初は単純鉤を1本曲げるのに30分以上かかっていました。それが少しずつ短くなっていき、いつの間にか1分もかからずに曲げることができるようになりました。あんなに苦手だった屈曲作業が1年も経たないうちに得意になったのは嬉しかったです。
金属床の研磨では、義歯装着時に装着感を感じさせないように0.3ミリ程に薄く削るのですが、メジャーの初期数値が故障しているのに気付かず、削りすぎて穴を開けてしまったことは、いまだに鮮明に記憶に残っています。それからは、メジャーの初期数値を確認する習慣が付き、あのときの失敗が活きています。

スーパーテクニシャンを目指したきっかけ
何点かありますが、一番大きいのは、お世話になった先輩方の影響です。同じ金属床を担当する全国のスーパーテクニシャンの先輩方には、仕事上で大変お世話になっており、常に憧れの存在です。少しでも近づきたいと思い、スーパーテクニシャンを目指しました。
また、自分自身を変えたいと思い、技術者としての自信と知恵、知識を養うためにスーパーテクニシャンという目標を掲げました。チャレンジすることで、自分の技術力が今どれほどのレベルなのかを知る機会となりました。受験資格があるにもかかわらずチャレンジしないことは、後々の人生の後悔につながると感じたこともきっかけの一つです。
ただ単純に、黒い服が着たかったという理由もあります。着やせして見えるから!?(全くそんなことはなく、それ相応のビジュアルになります)。

歯科技工士になってよかったと思う瞬間、エピソードなど
まず、歯科技工士という職業は医療系技術職であり、技術も携えながら医療にも携わっている特殊な職業であり、それを生業にするということは高い技術力が問われることが多くプレッシャーも感じます。その反面、うまくいったときには大きなやりがいを感じることができます。
昨年の夏、父親に入れ歯を作りました。実家の隣に住んでいるのに、父親の歯がほとんどないことに気づかず、気づいたときには前歯4本しか残っていませんでした。以前入れていた入れ歯は痛くてストレスになり、ほとんど使っていなかったようでした。少しでも親孝行になればと思い、チタン床併用のスマートデンチャー(ノンメタルクラスプ)の入れ歯を製作しました。より装着感の少ない、ストレスにならない入れ歯を心がけて作りました。セット後、発音や食事の快適さに喜んでもらえたことが嬉しかったです。

さらなる目標、夢
若い社員達に目標にされるように、自分自身をブラッシュアップしていければと思います。目標は『目標にしてもらえるような人になる』です。なかなか難しいことですし、おこがましいとも思いますが、目標は高く!!そして、全社員が働きやすい職場作りをしていきたいです。これはスーパーテクニシャンというより、社会人としての目標ですね。 テクニカルな部分としては、これから押しよせる義歯関係のデジタル化の波をどう乗りこなすかです。これは、絶対に避けては通れないと思っています。CAD/CAMやレーザーシンタリングで製作した金属床はまさに時間の問題で、今後市場に出回ると思います。いくらデジタルで製作しようとも最終到達地点は同じなので、それを踏まえた上で勉強し、受け入れて活かせていきたいと思っています。

休日の過ごし方
2018年の大晦日に第一子が誕生し、今は子育て大奮闘中です。近所のスーパーマーケットに買い物に行ったり何気ない日々がとても楽しみで、何カ月も後の家族旅行の計画をたてたり、子どもを連れて「館」や「園」の付く場所に行くことも増えました。妻子が寝静まった後には、自分一人の時間を過ごし、インターネット・ビデオ・オン・デマンドなどで何にも情報のない映画を観ています。

結婚前は音楽が趣味で、学生の頃からDJをしていました。その頃は、仕事を終えて家に帰ると練習ばかりで、音源を聴いたり機材をそろえたり等々、時間もお金も浪費していました。仕事はそれを続けるためのツールとしか考えていなかったと思います。しかし、後悔は微塵もしていません。若い頃にそれをやっていなければ、今の仕事は早々に辞めていたかもしれませんし、何より、好きなことに打ち込んだことは、絶対に今の肥やしになっていると思います。


後輩やこれから歯科技工士になる方々へメッセージ
自分が製作した補綴物が、患者さん一人ひとりの健康の維持、回復、促進に繋がっていることを意識して仕事をしていくと、自ずと何をすべきか、どこをどうすれば良いかが見えてくると思います。私たち歯科技工士は、あくまでも患者さんが快適に生活していくためのサポート役ですが、試行錯誤し、工夫や経験を通じて気づくことを大事にしてほしいです。
そして、これから歯科技工士を目指す方々へ。
歯科技工士の専門学校はどんどん減少しており、それに比例して就業歯科技工士数も減少しているのが現状です。しかしながら少子高齢社会は加速度を増しており、今では「超少子高齢社会」と言われるほどになってきています。考え方を変えると、それだけ需要があり、歯科技工士資格を持っていて、やる気さえあれば、将来の安定したやりがいのある仕事が保障されていると言えると思います。私が入社した頃は「5K」などと言われていましたが、徐々に「K」の数も減ってきていると感じております。是非一度見学に来ていただければと思います。



東日本加工センター 小松英明Profile
CPセンター綾上  釜埜 充裕(カマノ ミツヒロ)
1977年 香川県 出身
1998年 香川県歯科技術専門学校 卒業
1998年 和田精密歯研株式会社 入社
2018年 スーパーテクニシャン 認定


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