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スーパーテクニシャン
スーパーテクニシャン
リムーバブルワーク -REMOVABLE WORK-
REMOVABLE WORK 今井久二

歯科技工士を目指したきっかけ
進路を決めるときに、両親から「手に職を付けた方がいい」と歯科技工の専門学校を勧められたことがきっかけです。歯科技工士という職業がどういうものか全く知りませんでしたが、当時は世間的にも「歯科技工士は儲かる」というイメージがあり、また、細かい作業が好きだったので目指してみようと思いました。初めは単純な動機でしたが、専門学校で学ぶうちにだんだんと歯科技工にのめり込み、今でも楽しく仕事をしています。

入社当時の思い出
当社には中途で入社しました。その前はたった3人の小さな個人ラボで働いており、朝は納品受注をし、その後はラボに戻り全ての作業を一通り一人で担当していました。
当社に入社したときは、金属床に配属されました。それから約25年間、金属床一筋です。入社当初、失敗はたくさんしました。高速レーズを使うのが初めてだったので、研磨するときに金属床のフルプレートに穴を開けたり、あるいは金属床をデムコに巻き込んで回してしまい変形させたこともありました。おそらく他の新人よりも失敗は一番多かったのではないかと思います。


スーパーテクニシャンを目指したきっかけ
スーパーテクニシャン制度ができた当初、目標とする直属の上司が数人スーパーテクニシャンになられました。そんな方々が身近にいたことで、私も上司に近づきたいと自然とスーパーテクニシャンを目指すようになりました。
試験を受けると決めたときは、他人より上手ではなかったかもしれませんが、誰よりも数はこなしてきたという自負はありました。それが自分の誇りになっていたので、他の人間がなるのなら私がなりたいという気持ちはありました。
また、設計や金属床の形は誰でも作れますが、自分が思い描いたような形を確実に再現することは難しいです。自分なりのこだわりを持って仕事をしている中で、いろいろな先生方から、「今井さんの金属床の形態は他とは少し違って良いね」といった評価をいただくようになりました。そういうこだわりや誇りが出てきたときに、私もスーパーテクニシャンになりたいというよりもなるべきだと思うようになりました。

歯科技工士になってよかったと思う瞬間、エピソード
身近なところでは、親の入れ歯を作ってあげることによって良い親孝行ができたと思っています。
また、患者さんから「金属床を入れてもらってよく噛めるようになった」と言っていただいたり、「今井さんが作る金属床は良い」と言ってくださる先生方もいらっしゃるので、評価をいただいたときには技工士になってよかったと感じます。


さらなる目標、夢
今から自分のやりたいことをやりこんでいくというよりも、後任者を育てることに力を入れています。技術に関しては、コツやノウハウを上手く伝承し、また、経営の面でも私が当社で学ばせていただいたことを同じように部下たちにも伝えていってあげたいと思っています。

休日の過ごし方
休日は朝から洗濯・掃除をし、それが終われば、朝食のときに缶ビールを飲むのが一番の至福の時間です(笑)。 週末、実家に帰ったときに、家族と食事をするのが最近一番の楽しみですね。

後輩やこれから歯科技工士を目指す方々へメッセージ
決して楽な仕事ではありませんが、ある程度自分の手に職を付けるということは、やりがいのある仕事だと思います。初めの数年はなかなか技術はついてきませんが、それがついてくると必ずやりがいが出てきます。今日、明日にすぐ結果が出るような仕事ではありませんが、長い目で見てがんばってもらいたいと思います。



東京ラボ 今井久二Profile
東京ラボ  今井 久二(イマイ ヒサジ)
1965年 奈良県出身
1986年 東洋歯科技工学院 卒業
1990年 和田精密歯研株式会社 入社
2005年 スーパーテクニシャン 認定


主な論文発表
東京都歯科技工士会


主な論文発表
・チタンの優位性

主な論文発表
歯科技工Q&Aデンチャー編 医歯薬出版
2015年4月 同一症例に対するパーシャルデンチャーデザインの多様性 医歯薬出版月刊歯科技工 4月号

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