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(126)山里の一冊と

メディア 日本歯科新聞 掲載日 2012年01月24日

さじかげん (126)山里の一冊と

 信州の、ある山里に時間を忘れる温泉宿がある。

 山肌を巧みに利用した造りであるから、ごく自然に森の木々や風の音、小鳥のさえずりに触れることができる。また、受け入れる客の人数を限定していることもあり、館内で人とすれ違う機会が少ないので徐々に自分だけになれる。そしてこの宿、時計という時計がいっさい見当たらないから時間を忘れて時を楽しむことができるのだ。

 建物のなかにあるいくつかの読書室では夜な夜な読書を楽しむこともできる。

 その晩は陶芸家で有名な河井寛次郎氏の随筆「いのちの窓」に目が留まった。

 火の願ひ 「焼けてかたまれ火の願ひ…」 

 京都にある氏の記念館も有名だ。

 陶器というものは火の願いによってつくられて、つめたい火の玉、手の中の火の玉だという彼の感性には感銘を受けた。

 飛躍して考えればセラミックスの歯も電気炉という火でつくられる。昔は温度管理に失敗してクラックが入ったものだ。

 歯科技工士は自分の技術でセラミックスの歯をつくっているつもりだが、自然の摂理に従い火によってつくられていると考えてみると何やら深みが増してくる。

 上手い技術者というのは器械と自然の摂理を一緒に使いこなすのだろう。それを職人達はカンと表現したのか。セラミックスの歯は口の中の火の玉だ。

 

 その後、ある機会に有名温泉地の大型旅館に人を訪ねた。

 各担当者が整列して迎えてくださったのだが、目一杯開けられた玄関から大型観光バスが到着する度に排気ガスが流れ込み、その臭いが充満した豪華なロビーでひとり辟易とした気持ちになった。

 現在ではサービスという言葉をホスピタリティという言葉に置き換える企業も少なくないが、いったい仕事は何のために、誰のためにするのか。

 

 この季節、山里は落葉に埋まる。件の宿だが、一晩じゅう車の上に降り積もっていたはずの落葉は、帰路につくまでにいつの間にかきれいに払い落とされている。

 落葉でさえもおもてなしの所作に換える仕事の様は明らかに客のためにあり、自然の摂理をも使いこなしている。こういう宿には来年の秋も足を運びたくなるではないか。

 我々の仕事である歯をつくることも患者さんの幸せのためにありたいものだ。

 

代表取締役会長 和田 弘毅

(W/W)

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