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(115)陰と陽の不可思議

メディア 日本歯科新聞 掲載日 2011年02月01日

さじかげん (115)陰と陽の不可思議

 高松市庵治町には、世に有名な庵治石で作られた燈籠が林立する。実はこの石は牟礼(むれ)町から採れるのになぜか庵治石という。この地は瀬戸内の素晴らしい漁港の町であると同時に、石の産地としても名高く、現代の日本では人気がなくなりつつある石燈籠が過剰生産されているのか、町中に燈籠が林立しているのである。

 ある日、とある交差点の信号近くで一つぽつんと立つ平たい大きな燈籠を見かけた。どうみても調和のとれない変なモニュメントだなぁとそれからいつも眺めていたのだが、一対になるように、やや小さい女性的な燈籠が近くに配置された時を境に見事に様変わりして収まりが良くなり、見栄えがするようになった。

 揃いの服やツーショットや、何気なく「二つ揃っていることで収まりが良くなる陰と陽の関係である姿」が、ピタッとその一対の燈籠にあてはまった結果ではなかろうか。

 この世は男と女で成り立ち、太陽と月は陰暦陽暦で毎日が過ぎている。森羅万象がこうして完全な形になる。陽と陰は神様が作った人間の、あるいは世の中のあるべき姿とも受け取れる。

 中国医学すなわち漢方では、陰陽表を月と日、地と天、秋冬と春夏、夜と昼、寒涼と温熱、西北と東南、血と気とし、そのほか人間の機能も陰と陽の関係で解釈している。

 いずれにしても、陽と陰の関係を何事において取り入れることが肝要であるらしい。

 なんだか、日常においての陰と陽の結びつきについて、じっくりと考えてみたくなった。

 なんといっても現世は虚と実とが複雑に交錯し交じり合って成り立っている世界である。特に昨今は両者の境界線があいまいになってきた。テレビやインターネットのディスプレーに映し出されるものが虚像であることは少なくない。実際に顔を合わせてみると大いなる違いがあり、驚いたなどというケースは枚挙にいとまがない。虚が陰であるならば、実は陽ということか。

 前述の石燈籠が虚であるとすれば、燈籠に灯をともし、動きを与えて陽とすべきか。これで「静」であるはずの石燈籠が「動」となり、収まりが良くなるのかなぁ。  

 ある日の観察である。

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