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(114)「ここは地獄という話」

メディア 日本歯科新聞 掲載日 2010年12月21日

さじかげん (114)「ここは地獄という話」

 神と仏が混在する日本人の宗教観は微妙なバランスを持っている。ビジネスでも「最後は神頼み」の心境になる方も多いのではなかろうか。ほんのささいなことでも揺れ動く人間の心とは悲しくも面白く、また厄介でもある。ましてや我が意にかなわぬことに直面すれば、神仏を頼るわりにはとたんに「地獄」という言葉が口を突く。

 設備が充実した介護施設で、人生の酸いも甘いもかみ分けた101歳が「ここは地獄じゃ」という。施設の職員は素晴らしい人ばかりであるのにどうしたことか。

 あらためて「地獄」という言葉を調べてみれば「自業自得」という意味もあるようだ。分からぬでもないが、その利用者を知っている立場となれば、これまでの101年を否定される気持ちになる。そう感じるわが身も地獄へと落ちていくのだろうと思うとやるせない気持ちになった。

 人に相談したところ、「火の車 作る大工はなけれども 己が作りて己が乗りゆく」、こんな一文をよこしてきた。

 その意味は「自分も同じ。毎日火の車をつくり、それに乗っている」であった。これは自己責任などという意味とは違う。

 若くして病気や事故で人生の灯が消える人もいる。「若くして残念だ」といわれる。しかし人生の価値観は何によって決まるのか。

 多くの人は自分の意思に反してその時が来れば死んでいく。わが身であるのに、何やら「別の力」によって生かされているようである。いったい己の正体とは何なのか?

 人には食欲・睡眠欲・性欲、おまけに快適欲がある。欲があるから「地獄」と言ってしまうのだ。欲する根本がある限り地獄は消えないのだから、やはり火の車(地獄)は自分で作っている。

 その根源が人生を生き抜いていくことならば、せめて「己の正体」をありのままに受け入れて涼やかに自分を眺める目を持てば、たとえ辛いときでも冷静になることができよう。

 これを若いうちに悟ることができれば人生は実に楽になるだろう。(W/W)

代表取締役会長 和田 弘毅

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