(91)坂東教授の最終講義
| メディア | 日本歯科新聞 | 掲載日 | 2008年11月11日 |
さじかげん (91)坂東教授の最終講義
徳島大学歯学部で約30年の長きにわたり、咬合の研究を続けてきた坂東永一教授の最終講義を納めた資料を拝する機会にめぐまれた。
かつてポッセルト先生が「咬合は歯科の基本なり」と唱えた通り、常々歯科技工も最後は咬合であると考えている。あえて言うならば「客観的な咬合の判断がもっとも大事なことである」と身を持って感じているのである。
さて最終講義のテーマにある「咬合学の確立を目指して」は大変興味深く、ぜひともご教授頂きたいところであった。
歯科ではここ10年、咬合が軽視される風潮にあったという。しかし国民の多くは健康と咬み合わせには密接な関係があるらしいことや、健康のためにはよく噛むことが大切なことを生活の中で意識し始めている。
しかし、その全容が長年の研究でもいまだに解明されない理由には、関節、顎、歯牙などが立体的な動きをするところにあるとのことだ。自身の身にも起きていることながら不思議な気持ちになる。
咬合治療は臨床的な結果はあっても科学的な根拠に乏しいと聞く。この科学的根拠を得るために顎運動の数値化と解析の研究に執念とも思える熱意で取り組んでこられた坂東教授は歯科と工学の頭脳を持ち合わせていらっしゃる。
咬合の数値化は歯科だけではできないとも話された。顎運動測定器、咬合可視化装置の開発には数千万がかかったとのことだが、咬合の研究にとって非常に価値のあるものだと思う。
講義の最後に、咬合治療は匠の世界から科学の世界へというお話があった。
「咬合の研究はこれからである。そしてその準備は整ったと言える」と締め括られた。
坂東教授のご研究には我々歯科技工士の未来にもつながる希望を感じた。
客観的な咬合の判断ができれば、これは素晴らしいことだ。そうなれば「口福」は「関節福」「顎福」「歯牙福」で成り立つことになるのだが、いささか語呂がわるいのでその時までに似合いの言葉を考えなくてはならないか。
「さぁ、どうする」
我が顎をさすりながら秋の夜長に考える。(W/W)
代表取締役会長 和田弘毅






