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(36)y=ax

メディア 日本歯科新聞 掲載日 2004年03月02日

さじかげん (36)y=ax

 
 養老孟司先生のご著書『バカの壁』は、平成15年末で247万部も売れたそうである。春山茂雄先生の『脳内革命』以来の大ベストセラーであり、300万部を越える日も遠くないのではないだろうか。既に一人で三冊も買ってしまった私の感想である。
 
 我々の業界では、日々の業務に忙殺されているためか、情報にお金を払いたくないからか、「情報の価値」が高く評価されない。なぜ、情報にも物を作ることと同様に価値があると思えないのか…? と、日頃から社内、社外を問わず切歯扼腕しているのである。
 
養老先生は、“y=ax”という方程式で、見事に価値、すなわち重みの存在を明確にしている。人間における情報の入力を“x”、出力、つまり行動を“y”とし、“a”は脳の中にある現実の重みとしている。人間は、知りたくないことに対して自主的に情報を遮断する。すると、入力も出力もされなくなるのである。それが本のタイトルとなっている、『バカの壁』の所以である。
 
 歯科界の人間は複雑多岐な仕事に取り組んでいるので、個々の仕事に重みを感じていないはずはなく、また、知りたくないという遮断機能が働いているとも思えない。それならば、情報の入力と重みが小さすぎることが、行動に移せない、つまり出力できない理由なのではないかと推察する。熟練を要する歯科技術独特の難しさがそこにある。
 
 他に養老先生のお話で共感を覚えたのは、人は宗教や科学の力を借りて正しいと決めつけたがる、ということである。よく歯科技法の新しい提案をすると、「それは論文になっているか? 科学的エビデンスはあるか? それらがあれば正しいから受け入れよう」と言われる。もし科学的な根拠がなかったとしたら、宗教の力を使うことになり、キリストやお釈迦様が言ったかどうか、ということになってしまうのだろうか。
 
 「正義」や「正しさ」は疑ってかかるのが正解、という考え方も共鳴するところである。IT化によって情報量は確かに増えているが、その情報はテレビドラマと一緒で虚が中心になっている。歯科の咬合理論や人工歯の形態さえ、人体の中に入ってしまえば何が正しいのかわからないのである。
 
 我々日本人は、虚の世界に捕らわれている自らを諌め、生の世界に本気で取り組むことで「バカの壁」を乗り越えられるということにうすうす気づき始め、養老孟司先生に敬意を払った結果が、このベストセラーを生んだのではないだろうか。しかし、歯科医療という業界で、「医は仁術」という言葉の下に仕事を続けている習慣のせいかもしれないが、我々の周りにはお金が嫌いな人があまりにも多い。

代表取締役会長 和田弘毅

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